Hotel Story

ホテルバーのひととき

ホテル・旅館バーのひととき[ザ・ビーチタワー沖縄](8話)

ザ・ビーチタワー沖縄バーラウンジ

8.「アイリッシュコーヒー、マンタ(オリジナルカクテル)」 ザ・ビーチタワー沖縄 バーラウンジ(ザ・ビーチタワー沖縄)
Irish Coffee(Original recipe) & Manta(Original cocktail) by Bar Lounge at The Beach Tower Okinawa

 北谷(ちゃたん)と初めて聞いたときは、いったいどこの国の街だろうと思った。一般的にはこの呼称は「きたたに」が「ちたたに」となり、「ちゃたに」「ちゃたん」となったというのだが、他にも「シチャ」(下)と「ワタンジー」(渡る所)が訛った方言であるという説もある。いずれにしてもこの読み方は、知らないとまず読むことはできない町名だ。この北谷、街は54%が米軍の施設という、本土ではまず考えられない米軍の街でもある。そうした背景もあってか、北谷はアメリカっぽい街並みが形成され、その外国らしさが若者文化を形成し、街並みや店などもアメリカンな感じと沖縄の文化が融合した不思議な感覚になる場所でもある。
 そうした場所だが、僕はそういった雰囲気も嫌いでは無い、というか、むしろ好きだ。文化の融合はいつでも、新鮮さを提供してくれる。雑多な文化の混ざった混沌さはアジアの至る場所でも同じだが、活気があるから好きなのだと思う。

 ザ・ビーチタワー沖縄はそんな北谷の一角にある、大型のリゾートホテルだ。前から一度宿泊してみたかった沖縄のホテルなのだが、なかなか機会が無かった。今は冬だ。冬といっても沖縄の冬は昼間だと20度を超えることは良くある。暖かいのだ。
 今回、真冬の寒さから逃れるためと、わざわざ休みをとって、航空チケットもかなり前から予約を取り、絶対にいくつもりで来たので、1泊なのだが、大切な時間を過ごすことになりそうだ。
 このホテルは外観からするとビルが高く建っているだけで、頭に思い浮かぶリゾートホテルのように広大な土地に建物が点在し、レストランに行くまでに徒歩で数分はかかるような感じとはほど遠いものだ。中もそのとおりで、四角の中にほとんど全てがおさまっている感じだ。チェックインは手慣れたスタッフがスムースに行い、すぐに荷物を一緒に運んでくれる。ロビーは広くないが、ロビー内にはチェックインカウンターの他にバーラウンジや、ホテルショップ、キッズコーナーなどがあり、ファミリー向きにも便利な施設がわかりやすく配置されている。ホテルショップの奥には海に面したレストランがある。別施設には温泉とプールがあり、ホテル宿泊客はいつでも利用できる。この温泉の泉質はナトリウム炭酸水素塩泉で、ぬめりがある保温効果もある泉質だ。
 さて、部屋に入ると、一息つき、さっそく温泉に行くことにした。さっきチェックインで気付いたのだが、今日は外国人の団体客がいるようで、混む前にさっさと温泉を楽しもうと思ったからだ。
 最近は地方のどのホテルや旅館でも外国人、特にアジアの観光客が増えた。日本の政策の一環で外国人客は増加中だが、ただ、単に政策で増やすだけなので、ホテルも旅館も、そして、外国人客もそれぞれ、慣れていない。彼らの慣習の受け入れも、来る観光客も日本の慣習に慣れていない。政策にはそうした受け入れる体制や、外国人への日本の慣習の理解度も一緒に広めるようなものを作って欲しいものだ。
 日本の慣習を知らないがために、特に温泉などでは習慣の違いのトラブルが多いようだ。そんなことも僕は経験しているので、ちょっと早めに温泉を、と思ったのだ。

 案の定、温泉は空いていた。のんびり掛け流しの温泉を楽しむことができたので、長旅の疲れもほぼ、無くなったようだ。
僕は脱衣所を出て、サービスのアイスクリームをもらいながら、ちょうど夕陽が落ちる海を見ていた。沖縄の夜はやはり東京よりもずっと遅い。
 そんなことを思いながら、お湯で火照った体をアイスで冷やし、体も落ち着いた状態で、部屋に戻ることにした。

 今日は疲れのせいか、あまり腹も減っていない。僕は軽く、外の沖縄料理屋で食事をとり、さっと戻ることにした。まだ、真っ暗にはなっていないから、外を歩くのも良い感じだ。料理屋はホテルのすぐそばだった。
 ちょっとしたつまみとビールを飲み、沖縄のジューシーのおにぎりを食べたら満足した。沖縄の優しい料理は僕にはとても合うようで、何を頼んで食べてもだいたいは満足する。アルコールも少し入ったちょうど良い感じで、沖縄の海に風に任せながら、僕はホテルのバーラウンジに行くことにした。

 いつのもパターンだ。

 沖縄のホテルはリゾートが多いので、オーセンティックな趣のバーがホテルにあることは少ない。バーと呼ぶ場所も少ないと思う。それよりも昼間のカフェやバーベキューなど、明るい雰囲気の場所を作る傾向にあるようだ。
 ザ・ビーチタワー沖縄にはロビー階にバーがあった。特に仕切りがあるわけでは無く、ロビーの開放的な一角にバースペースがあるといった感じだ。しかし、そのバースペースはカウンターに座ると、リゾートのバーではなく、ちょっとしたスマートなバーに来た感じになる場所だった。
 入口こそ、境界がないので、そのままカウンターに入れるようなつくりだが、カウンターはしっかししたもので、座ると、前には沖縄らしいボトルの数々があり、席の前にはリゾートらしい独特の飾りが置いてある。ボトルは紫の光があてられ、少々怪しい雰囲気さえ漂わせているカウンターだ。ただ、後ろをみると、ロビーの客が結構な人数歩いていて、少々騒がしい感じもする。
 まあ、その辺は目をつむるとして、食後の一杯をお願いすることにしよう。

 僕は入口のメニューを少しみて、中に入ろうとした。
「いらっしゃいませ」
若いバーテンダーが、僕に気付いて、近くにやってきた。
カウンターには欧米人らしい30代後半くらいの男性が1人座っている。入口に近い場所にシガレットをカウンターに置いて陣取っていた。おそらくいつのも席なのだろう、初めてには見えない雰囲気があった。
「お好きな席にどうぞ」
僕はカウンターの奥へと向かった。アンティーク調の緑の傘のランプの近くにした。ちょうどその前にはもう1人のバーテンダーもいた。おそらくここの古株のバーテンダーだろう。土地の顔をし、日焼けした顔をのぞかせていた。ただ、老齢では無く、まだ40代になったくらいな感じだ。

「こんばんは」

彼は、僕が席を決めて完全に腰をかけてから、そう言った。
メニューをさっと出すと、彼はそのまま自分の仕事に戻った。
バーラウンジには僕の他には、先の欧米人が1人だけだった。バーに来るのはいつも早いのか、僕が来る時間帯はあまり人がいないことが多い。今日も同じだ。僕はメニューを見ながら、右にいる外国人をみていた。米軍にいるような屈強そうな男性では無く、むしろやさ男といった感じで、彼はウイスキーの水割りらしきものを飲んでいた。若いバーテンダーとは日本語で話しているようで、ときどき、外国人らしい日本語が聞こえてくる。ただ、周りが思ったよりも騒がしく、彼の言葉は良く聞こえなかった。

 僕はメニューを眺めることにした。思ったよりメニュー内容が時充実していたので、一通り見るのに時間がかかった。オリジナルもあるし、食事関連も充実している。あまり寒くなかったのだが、冬を思い浮かべたのと、ちょうど沖縄も冬で、冬のカクテルがメニューの中でも目立つようにしてあったので、その中の温かいカクテルを頼んでみることにした。ちょうど彼も会話を終えてカウンターの中で手持ちぶさたに他の仕事に入っていた。

「アイリッシュコーヒーをもらえますか」
「かしこまりました」

すっかりメニューを閉じて、彼と目を合わせてそういうと、彼は少し沖縄っぽい笑みを浮かべて、そのまま準備を始める。アイリッシュコーヒーは東京のバーなどでもメニューに出しているところは結構少ない。そもそも温かいカクテルを置いているバーも少ないが、なぜか寒い街中のバーでも人気が無いのか、アイリッシュコーヒーとオーダーしても無いとこたえるバーテンダーは少なくない。
僕はこのアイリッシュコーヒーは冬に体を温めるには、アルハンブラロイヤルと共に2大カクテルだと思っている。コーヒーかココアかといったところだ。メニューには後者は無かったので、自然とアイリッシュコーヒーになった。
アイリッシュコーヒーは飛行機の航続距離が短かく、大西洋を直接横断できなかった1940年代、経由して給油するアイルランドの空港で冷えた体を温めて欲しいと考案されたカクテルだ。熱いコーヒーに砂糖を入れ、地元のアイリッシュウイスキーを注ぎ、最後に生クリームをフロートする。当時のその空港での最高のもてなしになっただろう。ふとその由来を思いながら、彼の作る沖縄のアイリッシュコーヒーを眺めていた。手際よく作られたそのカクテルは手元に来ると、一筋の湯気が立ち、コーヒーとウイスキーの香りがふっと鼻をかすめた。

「アイリッシュコーヒーです」
一見ウインナーコーヒーのような感じだが、香りはカクテルだ。熱いので、生クリームを先に少しすすりながら、飲むとちょうどいい。一口でも体が温まることを感じる。

「美味しい」

思わず声に出していた。
バーテンダーは僕の声が聞こえたらしく、また独特の笑みを浮かべた。
ただ、ただ、2種類の香りの他にも何かが入っていることに気付いた。

「このカクテルのレシピを教えてもらえますか?」
アイリッシュコーヒー自体のレシピは知っていたので、ここのアイリッシュコーヒーのレシピは何かと聞いてみた。

「コーヒーにウイスキー、メイプルシロップを入れています」
答えが返ってきた。なるほど、砂糖の代わりにメイプルシロップが入ってた。
それでコーヒーの香りが余計に際立っていたのかも知れない。

ロビー内の騒がしさはいつの間にか静寂に変わっていた。客はみんな外に出るか部屋にこもるか落ち着き始めたのだろう。そうすると今まであまり聞こえてこなかった、バーラウンジの音楽が耳に入ってきた。ここもジャズだ。沖縄のホテルだからなんとなく沖縄音楽が流れるのかと思ったが、バーだった。やはりバーにはジャズが合う。それもテンポの遅いジャズやメロウなピアノの旋律が合う。
一気に僕の周りの空間が変わった気がした。

僕はすでにテーブルからは取り除かれたメニューをもう一度もらった。
飲み物だけではなく、食事のメニューももらった。
どうやら、この苦みのきいたパンチのあるカクテルにデザートを食べたくなったようだ。
なかでもボリュームのあるものが目にとまり、食べきれるかわからないのに、そのメニューにすることにした。とても目立っていたからだ。
ハニーブレッド。
ハニーブレッドというと、蜂蜜を入れたパンがネットなどでも出て来るが、もう一つのハニーブレッドだった。分厚いトーストの上に生クリームやジャムや、アイスクリームなどを載せたボリュームのあるものだ。どうみてもカロリーも高そうな感じだが、一時期、流行りで女性が好んで食べていたものだ。
僕は、まだ食べたことは無かった。
僕はお酒好きなのだが、どんなものでもつまみにできる。
つまり甘いものでも問題無い。
甘いものと決めたら、何やら口が甘ったるくなって、アイリッシュコーヒーを一気に飲んでしまった。

もう一杯頼まないと・・・
そんなことを考えていると、横にいた欧米人はチェックを済ますところだった。
早い時間のバーに来て、一杯飲んですぐに帰るという欧米スタイルの彼だった。
これでカウンター席には僕ひとりだ。

再びメニューを眺め始めた。
ドリンクメニューにもハニーブレッドと同様、目を惹くものがあった。
マンタというオリジナルカクテルだった。
聞くと、泡盛がベースのカクテルらしい。
それにしよう。
「マンタとハニーブレッドを下さい」
彼は泡盛のボトルをカウンターテーブルの僕の前に置いた。
見たことの無い泡盛のボトルで、しかもラベルは全て英語で表記されていて、なかなかかっこいいボトルだった。
「この泡盛は見たことが無いのですが」
「これは、カクテル用に作られた少し泡盛の癖が少ないものなんですよ。お土産店では売っていませんが、酒屋さんなら結構売っています」
「そうですか。カクテル用の泡盛なんてあるんですね」
「はい、これのおかげで、カクテルも作りやすくなりました」
その泡盛は「KUMEJIMA’S KUMESEN 40」で、アルコール度数が40%だ。ジンやウォッカなどの蒸留酒と同じ感じにしたのだろう。

ロビーにはすでに誰もいない状態が続き、その一角にあるこのバーラウンジもバーテンダーが2人いるだけだ。
カウンター席の左にある版画もなかなかきれいだった。印象に残る色使いで、海辺のテラスを描いたようなものだった。
「この版画は誰の作なのですか?」
彼は手を止めずに答えた。
「実は前に聞いたんですが、外国人の方で長い名前で覚えていなくて。すみません、フロントに聞けばすぐにわかると思います」
そう言って、彼は申し訳なさそうに、作業を続けた。
知らないのだから仕方がない、あとでフロントの人に聞いてみよう。
その間も彼の作業は続き、目の前でハニーブレッドが出来上がっていった。
こんな凄いハニーブレッドは見たことがない。1斤の3分の2はある厚さのトーストの上にパフェの具がたくさん載せてあるようなものだった。マンゴー、パイナップル、キウイ、リンゴなどどのフルーツもそれぞれきれいにカットして形を作り、ブルーシールのアイスクリームを惜しげもなく2山は使い、生クリームにチョコレートソース、ブルーベリーソースととにかくにぎやかだ。
やがてできたハニーブレッドはきれいな作品だった。
手を抜かないハニーブレッドだ。
沖縄の地元のバーテンダーで、木訥ともみえる彼からは失礼ながら想像がつかなかった繊細なデザートに感動し、合わせて出されたマンタも一層引き立ってみえる。

感動しながら彼をみると、その顔は「なかなかいいでしょ?」と言っているようだった。
たぶん、僕は次回このバーに来たら間違いなくこのハニーブレッドをオーダーするだろう。
もちろん、マンタもその大きなデザートも美味しかったのは言うまでない。

南国のバーテンダーもなかなか洒落た技を持っているんだなと思った。

 次はどこのホテルのバーにお邪魔しようか。
 それともどこの旅館のバーにしようか。

追記:
版画の作者の名前はフロントで聞くとすぐに教えてくれた。「ジェニファー・マークス[Jennifer Markes]」という画家の版画だった。

*ホテルのカクテル
・アイリッシュコーヒー(オリジナルレシピ)[コーヒー適量、アイリッシュウイスキー適量、メイプルシロップ2tsp、生クリーム適量]
・マンタ(オリジナルカクテル)[KUMEJIMA’S KUMESEN 40 30ml、クレームドカシス20ml、ジンジャーエール適量、ライム1/4個分]

**文章は全て創作であり、登場人物は実在の人物とは関係ありません。

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