Hotel Story

ホテルバーのひととき

ホテル・旅館バーのひととき[姉小路別邸](2話)

姉小路別邸ロビーバー

2.「稼ぎ頭(日本酒)、ハートランド」 姉小路別邸ロビーバー(姉小路別邸)
Kasegigashira,HEARTLAND by Lobby Bar Aneyakoujibettei

久々に京都に来た。今回のお目当ては新しく出来たというスモールホテル。ここの1階に小さなロビーバーがあるということで、宿泊のついでにここに必ず行こうと決めていた。日本酒を出してくれるバーらしい。
まだ出来たばかりであるのか、それともそもそもアバウトなのか、僕が部屋から階下へ降りたときは灯りも薄暗く、誰もいない状態だった。
仕方ない、しばらくロビーに展示されている商品でも見ようか、そんなことを考えながら、小さなロビーを散策してみた。
1階のロビーはとても印象深い照明が天井に備え付けられている。これは世界的に有名な和紙デザイナー「堀木エリ子」氏
の作品だそうだ。こうしたデザイナーのものはやはり知らなくてもどこか、いいなと思うところがあるのが不思議だ。
ロビーには他にも風呂敷やお香、巾着などが展示されている。もちろんみな京都のものだ。
最近の地方の旅館はお土産品には節操が無い。平気でその土地で作っていない商品を販売していたりする。その点このホテルはしっかりこだわりを持って、土地のものを置いてある。僕の感覚に合う。
そんなことを考えていると、ホテル女性スタッフがロビーに出てきた。
「少し飲みたいんだけど、いいですか」
僕が尋ねると、
「はい、ではちょっと待って下さい。今呼んできます。席に座っていてください」
と答えが返ってきて、その女性は奥のスタッフルームに戻っていった。
ロビーには他にお客はいないので、僕ひとりのためにここをオープンしなければいけない。
ちょっと申し訳ないなと思いながらも、バーで飲むことが楽しみだったのでありがたかった。
しばらくすると、チェックイン時にも会った男性スタッフがやってきた。
「今日はここの担当のスタッフがいないので、私が担当します」
男性スタッフは席に着いた僕に声を掛けた。
「おすすめの日本酒をもらえますか」
「いくつかあるので、3種類ほど飲んで頂いて、お好きなのをそのあとにも飲むスタイルはいかがですか」
「では、それで」
そんな会話をしながら、スタッフは3種類の日本酒をセレクトしてくれた。
お猪口も3つ選ぶと、それぞれに日本酒を入れてくれた。
3種類全て飲んだみたが、それぞれ全く特長が違う。
なるほど、良いセレクトだ。
今のみたいのがすぐにわかる。
僕は「稼ぎ頭」という銘柄をチョイスした。今の気分はこの酸味が多い日本酒だった。
ネーミングもなかなかおもしろいのだが、この日本酒、日本酒好きにはあまり好まれないであろう、酸味がやたら強い。
でも、この酸味が実にいい。
意外と色々な料理にも合いそうだ。
飲んでいると女性スタッフも手伝いに来ていて、おつまみを出してくれた。
この選択がまたしぶい。
塩昆布。
これがまたとても美味しい。日本酒は塩を肴に飲む人もいるくらいだが、塩昆布はやはり日本酒には合うおつまみだと、思い知らされる。
すっかりこのホテルのこだわりにはまっている僕がいた。
僕はいつものように1人の場合はスタッフとホテルや旅行について話をする。僕が知っていることを話して、僕が知らないことを聞く。ホテルのバーではそれが楽しみだ。

しばらくそんな話をしていると、1組のカップルが入ってきた。

このカップル、とても良い感じだ。男性も京都のだんさんという感じで、かっこいい。
連れの女性もきれいで、どこか子供っぽさがある可愛らしさが雰囲気から出ている。
2人の会話からもその可愛らしさが出て来る。こんなカップルが横に座ると、やっぱりいい。
そもそもホテルのバーは楽しいカップルしか来ないものだ。
難しい話をしにわざわざホテルのバーに来るカップルはいない。
だから僕はホテルのバーが好きなのかも知れない。

このホテル、名前に通り名が付いている。これもなかなか思い切ったものだ。
京都の通り名は住んでいない人からすると難しいそうだが、住んでいなくとも、東西南北の通り名をだいたい覚えて、方位磁石を持ってしまえば、これほど簡単で合理的に位置を示す住所は世界中にも無い。通りの順番を覚えれば方位磁石も入らない。
その中の1つの通り、姉小路通がこのホテルのある場所だ。
カップルはそれぞれ、飲み物をオーダーした。
その間もスタッフとの会話は続いている。もちろんそのカップルも一緒にだ。
男性はウイスキーのロック、女性は生ビールをオーダーした。
しかし、スタッフは残念そうに言った。
「すみません、生ビールは置いていなくて、今はハートランドがあります」
そうか、ハートランドがあるのか、などと思っていると、
「ハートランドってなあに」
女性が質問した。
僕は思わず答えそうになるのを抑えて、ここは男性スタッフにお任せした。
ハートランドは名前こそ知っていても、それがキリンが造っているものだと知らない人は意外と多い。
もう随分前から、キリンはこのハートランドを麦芽とホップだけで醸造している。いわゆる麦芽100%だ。
グリーン一色のボトルで、名前などはビンに彫られている。女性にも
・・・美味しいよ。
と僕は声を出さずに言った。

このホテルのこだわりはグラスにもあった。
ビールは少し分厚いスズのグラスに入れてくれる。グラスはキンキンに冷えていて、厚いの重いが、時間が経っても冷えたままの状態が長持ちする。
ずっとビールが美味しく頂ける。
そんな気遣いとこだわりも心憎い演出だ。
彼女はそんな演出されたビールを美味しいと飲んでいた。
きっと彼女のお気に入りの1つに入っただろう。

宿泊客の僕は長居しているが、カップルは一杯だけ飲んで、スタッフにチェックをお願いしていた。
ちょっと変わった長財布からきれいな紙幣を出し、勘定を済ますと町屋の並ぶ姉小路通へと出ていった。
「お気をつけて」
僕は声を掛けると、ほどなくして、また1人のカウンターになった。

やはり、バーは1人も良いけれど、他の客人がいたほうが楽しい。
僕は会話しながらも、オーダーで普段はどんなものを飲んでいるのか、どんなイメージなのか、そんなことに思いを馳せる。
それが楽しいのだ。

僕は1人になると、さっきのハートランドが飲みたくなった。
「僕にもハートランドください」
オーダーして、さっきのキンキンのグラスをもらった。
締めにビール、僕の好きなスタイル。

今日のカップル、またどこかで会いたいなと思いながら、ハートランドを一気に流し込んだ。
今日のバーも楽しい時間を過ごせた。
ちょっとした触れあいの時間、また少しあたたかいものをもらった。

次はどこのホテルのバーにお邪魔しようか。
それともどこの旅館のバーにしようか。

*ホテルのお酒とビール
・日本酒「稼ぎ頭」
・ハートランド

**文章は全て創作であり、登場人物は実在の人物とは関係ありません。

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