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Hotel Story

ホテル・旅館バーのひととき[シェラトン都ホテル東京](7話)

シェラトン都ホテル東京のM Bar

7.「プレミアムモルツドラフト、サルーテ(カクテル)」 シェラトン都ホテル東京 M Bar(シェラトン都ホテル東京)
Premium Molts Draft & Salute by M Bar at Sheraton Miyako Hotel Tokyo

 都ホテルというと、京都の老舗ホテルというイメージがあるのだが、最近のホテル再編で日本の老舗ホテルも外資系のホテルブランドの冠を使うことが多くなった。シェラトン都ホテル東京もその一つだ。もともとは1979年開業の都ホテル東京だったが、その後ラディソン都ホテル東京と名前を変え、現在に至っている。目黒から送迎バスが出ているのだが、最寄り駅は地下鉄南北線の白金台駅、意外とこのホテル知られていないようで、それはどの駅からも少し遠いイメージがあるその立地に寄るところが大きいと思う。

 さて、このホテル、バーがいい。ホテルは玄関からは想像がつかないが、意外と広く、ロビーフロアから下にはショッピングモールやバンケットルームなどが備わっている。この空間が居心地の良い場所になっている。

 僕は外の看板に灯がともったことを確認して、いつものように開いたばかりのバーに入った。このバーは地下にある。あまり目立たないのだが、中に入ると意外と広く、L字型のカウンターをメインに、奥にはソファ席がある。もちろんカウンター席に向かう。一番乗りなので、座る席はどこでもいい。僕は一番奥の席に座ることにした。
 緩やかなジャズピアノのサウンドが心地良い。間接照明がメインで、カウンターの席一つずつには天井からのダウンライトが手元を照らす作りになっている。僕はこのダウンライトが好きだ。手元だけが明るく、カクテルなどは特にこの照明にあたると色が鮮やかになり、うまさも一段階上がる気がする。ここのカウンターは年季が入っているが内装はスタイリッシュで新しい。カウンターなのに思いのほか、足元が深く座りやすい。席の背面には壁一面に洋酒などがライトアップされている。これも計算された間接照明だ。バーではお酒をライトアップすることで、間接照明にしている場合が多いが、これがまたバーに来たことを感じさせてくれる演出になる。色々な種類のボトルやその中に入った色とりどりのアルコールはバーならではの綺麗な照明になる。こればかりはバーでしか味わえない雰囲気だ。
 このホテルは元の名前から2回リネームしている。その名前の変遷と共に、バーも変わってきたのだろう。新しい内装なのにそれがわかるバーだ。

「いらっしゃいませ」
僕はカウンターに座るとバーテンダーからメニューを3つもらった。ホテルらしくメニューも綺麗で整然としている。まだ誰もいないカウンターなので、僕はのんびりメニューを眺めた。ホテルのメニューは特に楽しい。たくさんのドリンクの種類が書いてあるのと、フードメニューも充実していることが多く、それも和風あり、洋風あり、中華ありとこちらも種類があることが多い。特に昨今のホテルのバーはそうだ。ついついメニューを眺めてしまうのはそのせい。
一通り見ると、僕はいつものように最初の一杯を生ビールにした。
「プレミアムモルツ生をお願いします」
バーテンダーは「はい」と僕の目を見ながら軽く頷き、準備にかかった。
ビールの準備をしている間に、フードメニューをみていた。和風の前菜があったり、中華があったり、その中で目にとまったのが「二身巻き寿司」というものだった。巻き寿司と書いてあるのだから、巻物なのだろうと思って、それも頼むことにした。ビールに巻き寿司は結構あう。海外では前菜に寿司も多いが、日本でももともとはちょっとつまむような感覚の寿司だから、お酒にもあうのはなんとなくそうかなと思う。ただこのネーミング「二身」といのが気になった。そんなことを考えていたら、バーテンダーが生ビールを持ってきてくれた。
「どうぞ」

僕は一口飲んで、彼にオーダーした。
「この巻き寿司をください」
僕がメニューを指さすと、彼は少しのぞきこむ感じで、メニューを見て答えた。
「はい」
あえて何が巻いてあるか聞かなかった。出てからの楽しみだ。

ゆっくりビールを飲んでいると、ようやく次の客人がやってきた。とはいえ、まだ開店から時間はたっていない。こんなに早い時間にバーに来るのはだいたい相場が決まっている。僕のようにできる限り静かに過ごし、バーテンダーとの会話を少し楽しみたいという一見に近い客か、ホテルで食前酒を楽しみたい客、そして比較的近くに住んでいるような常連客だ。
この客人は一目で常連客だとわかった。大事に使っていそうな、古いけれど味のあるポーチを持ち、部屋着のようなリラックスした服、歩いてカウンターに来るときに迷いがない。彼は僕の席を一瞬見ると、そのままカウンターの中央に座った。いつもなら僕の席は空いているのだろう。ちょっと申し訳ない気がした。
すでに悠々自適の生活のようだ。近くにいたバーテンダーはやはりすでに顔なじみらしく、その客人がキープしているコニャックをさっと彼のカウンターの前に置いた。グラスに注がれたストレートを軽く飲むと、彼は優雅にグラスを年季の入ったテーブルに置いた。

*****

ジャズピアノの曲がもう1曲、終わる頃、ちょうど頃合いが良く、一組のカップルが入ってきた。ちょっと年齢差のあるカップルで女性は30代後半くらい、男性は50代中盤くらいだろうか、長い付き合いのような感じで、違和感が無いカップルだった。これでカウンターの客は僕を合わせて3組。その3組が今日のバーの最初の一派になりそうだ。
奥から別のバーテンダーがやってきた。

「どうぞ」

巻き寿司ができたらしい。
カウンターに横にナプキンと箸を置いてくれた。
その後小さな皿に盛った巻き寿司がやってきた。気になる「二身」だが、巻き寿司の具が2種類ということらしい。一つはマグロでもう一つはキュウリだった。カッパ巻きだ。二つとも僕の好きな巻き寿司の具だ。ちょっと変わっているのがキュウリが細切りになって、それが重ねて巻いてあることだ。白髪ネギのように細いキュウリがたくさんまとめて巻いてある。歯ごたえは少なくなるが、これはこれでおもしろい。

ふと女性の声がした。
「モスコーミュールをください」

僕とは一番離れた席に座ったカップルの女性がバーテンダーに注文した。男性は何をオーダーしたかは聞こえなかった。
少し時間がかかりそうだ。僕はまたメニューを眺めることにした。3つめのメニューはオリジナルカクテルのメニューだった。このメニュー、「M Bar」の名前が変わる前から、歴代のバーテンダーがカクテルコンペティションに出したものをまとめてあるというホテルのオリジナルカクテル作品集だった。
冊子は古く、装丁もあるのだが、結構ぼろぼろになりかけている。ページも外れているものもある。しかし、これは他のメニューとは全く違う趣で、この都ホテルの歴史そのものだった。その作品集は「Original Cocktail Best Selection」と題し、今までのコンペティションの優勝作品が5つ、各賞受賞作品が8つ、そして入選作品も10で、合計23作品がおさめられていた。ホテルの場合優勝作品があるのはよく見かけるが、入選作品なども全てこうしてまとめられているのは珍しい。それぞれ、そのときのバーテンダーが思いをこめて創作したカクテルはそれぞれが光って見える。

なかでも作品集のトップに掲載されているカクテルが目に入った。
「サルーテ(Salute)」。

まだメインバーが「TUDOR」という名前の時代のオリジナルで、レシピをみると苦みと酸味がマリアージュした、大人の女という感じのカクテルだった。オリジナルメニューをみていると自然にビールが進み、すっかり飲み干していた。見るとバーテンダーは先ほどのカップルの男性のために、ウイスキーの水割りをカウンターに置いたところだった。女性の前にはすでに黄金色のモスコーミュールが置かれている。

バーテンダーを含めた3人は和やかに会話を始めていた。
仕方ない、もう少し待つか、次のオーダーに悩むとしよう。

女性がモスコーミュールを頼んだので、僕もそれにしようかと思った。寿司だからジンジャーも合うだろうなどと関係ないことを思っていたのだが、すっかりオリジナルレシピにはまってしまっていた。
やっぱりこのサルーテにしよう。
悩まなくても良いような贅沢な悩みを抱えながら、のんびりしていたが、中央の客人がチェックの声を掛けていた。いつのまにかグラスのコニャックが空いていた。たぶん習慣なのだろう、一杯飲んでさっと帰る、そんな粋な感覚。バーテンダーとの会話を惜しむように楽しんで、さっと帰って行った。

ふと、その客人が座っていたテーブルをみると、カウンター席にはそれぞれに灰皿があるのだが、誰も煙をはいていないことに気付いた。
今はお酒の味も料理も十分楽しめる環境だった。先の男性のチェックも落ち着き、カップルの会話も途切れた頃、すっかり乾き始めたビアグラスを見ながら、僕はバーテンダーにオーダーした。

「このサルーテをお願いします」
僕はメニューを指さしながら言った。

「かしこまりました」
ちょうど寿司も食べ終わり、デザート感覚でいこうと決めた。
そして、僕の時間になった。

バーテンダーに話しかけた。
「この作品集、かなり古いですね」
手に取って眺めていたメニューを見ながらそういうと、彼は答えてくれた。

「そうですね、もう古くてちょっと」
彼はメニューが少し古ぼけているのを知っているので、こういうものをお客様にお出しするのは気がひける、といった感じで答えた。
「良いと思いますよ、こうやってちゃんと残しているところは少ないんじゃ無いですか?」
「そうかもしれませんね」
彼は少し笑いながら、サルーテに使う2本のボトルを僕の目の前に置くと、手際よく準備を始める。
もうかなり長いのだろう、無駄が無い動作だ。
レシピ通りにシェイカーに注ぐと、あっという間にサルーテは出来上がった。どうも僕がこのカクテルをオーダーすることがわかっていたかのような手際の良さだった。

「どうぞ」

淡いピンクのカクテルは表面に細かい泡がうっすら化粧し、小さくはじけていた。
一口飲んでみた。
苦みと酸味、なるほど、この微妙なバランスが美味しいのだと思った。
ほどよく甘く、苦みと酸味もうまく調和している、カクテルらしさが出ている。
「いいですね」
バーテンダーはまた笑顔で僕の言葉に返した。

「ここのM Barの名前の由来は何ですか?」
僕はサルーテをまた一口飲んで聞いた。

「このM Barの名前にはメンズのMや、都のM、そしてメインのMという意味合いがあるそうですよ」
なるほど、命名もデザイナーが考えたのかも知れない。トータルでデザインしたのだとすると、バーの入口から内装まで統一感があるのも頷ける。
「このカウンターは昔のバーのときのものをそのまま使ってもらっています。これだけはスタッフみんな譲れなくて、デザイナーさんには無理を言ってお願いしました」
確かにこのカウンターはいい。低めのカウンターで、日本人には親しみやすい高さで、奥行きもあり、前を見ながら足も組めるくらいだ。でも、少しこの空間に対して年代が感じられるものだった。
でも、居心地の良さはそこからくるものだろう。

それから少し僕は彼と話していた。彼はホテルが最初の名前の時からここで働いているそうだ。オリジナルレシピを作ったバーテンダーもほとんど今はいなくて、別のところにいってしまったそうだ。カクテルは創作者の名前が載っていない。でも、明らかにこのホテルの歴史になっている。それを大事にしているのはおそらく彼なのだろう。話していて、ふとそんな気がした。

会話がすっかり長くなった。話が弾んでいるときに、カップル席から声がかかった。
女性はまだ最初のドリンクを飲んでいる。とても静かなカップルだ。
女性がたまに見せる甘え方がなかなか様になる甘え方だった。
ちょっとした嫉妬に近い感覚になりそうな甘え方だ。

ちょっと酒に酔ったか、それとも会話に酔ったのか。

サルーテもあと一口くらいになった。
彼はオーダーを聞きにカップルの前に行くと、水割りのお代わりを作り始めた。

ホテルの名前が変わっても、ホテルスタッフのスピリッツは確かに生きている、
そんな感じがする。
僕にはこのバーテンダーの思いがほんの少しだけ理解できた気がした。
冠が変わろうと、ホテルはスタッフのスピリッツ、これが大事なんだと。

店内は少しテンポの速いピアノジャズの曲にいつの間にか変わっていた。
そろそろ、このバーも本格的な営業時間になってきそうだ。
僕は彼の水割りが出来上がった頃にチェックをお願いした。

次に来るときはここのオリジナルの「マ・シェリ」をオーダーしよう。
カップルを見ながら僕はそう決めた。

 次はどこのホテルのバーにお邪魔しようか。
 それともどこの旅館のバーにしようか。

*ホテルのカクテルとビール
・サントリープレミアムモルツ生ビール
・サルーテ(ホテルオリジナル)[マルティニビター(Martini bitter)1/2、フランボワーズ(Dolfi Forgo fraise des Boise)1/4、オレンジジュース1/6、レモンジュース1/12

**文章は全て創作であり、登場人物は実在の人物とは関係ありません。

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