Hotel Story

ホテルバーのひととき

ホテル・旅館バーのひととき[プランテーションベイリゾート&スパ](5話)

プランテーションベイリゾート&スパ

5.「サンミゲールビールピルセン、ダイキリ(フローズンダイキリ)」 プランテーションベイリゾート&スパ サバンナラウンジ(プランテーションベイリゾート&スパ)
San Miguel Beer & Frozen Daiquiri by Plantation Bay Resort & Spa SAVANNAH Lounge at Plantation Bay Resort & Spa

 リゾートホテルは久しぶりだった。季節がまだオンシーズンでは無いせいか、ホテルは閑散としていた。セブ島はフィリピンの中では日本の代理店でもツアーが組まれているので比較的行きやすいリゾートだ。アジア各地から旅行客がやってくる島でも有名だ。
 セブ島はリゾート地と都市部の2つに分けられる。セブ本島にももちろん有名なリゾートホテルはあるが、主にセブ島がセブシティを中心とした街で、国際空港のあるマクタン島がリゾートホテルのたくさんある地区になっている。空港からも近いので個人客、ツアー客共に人気だ。今回はその中の1つ「プランテーションベイリゾート&スパ」選んだ。
セブ島はいくつかの国の植民地を経て、今に至るが、その影響もあってか、今でも政情は不安定だ。民族も多く混血も多いためアジアの中でも少し特殊な歴史を辿っている。ただ個々の人はやはり南国らしい気さくさや優しさがあると思う。
バーは街にあるホテルとは違って、やはりリゾートならではの楽しさやフランクさがある。バーテンダーも映画「カクテル」に出て来るような正装では無く、リゾートらしいバーテンダーが迎えてくれる。だから、リゾートホテルのバーは楽に楽しいお酒を飲む気分で行くといい。
 さて、プランテーションベイリゾート&スパは大きなホテル敷地内の中心に広大なラグーンプールを配置し、その周りをコテージ型の宿泊棟が点在するリゾートホテルだ。フレンドリーなスタッフが印象的だ。僕はキングサイズのラグーンアクセスの部屋を取っていた。
ホテルの情報を部屋で仕入れて、フロントでもらった地図を見てみる。
夜はどこで食べようか、ここのところ食べ過ぎの傾向なので、軽食にビールくらいにしようと思って、僕はレストランの中でもプールの横に併設されているレストランにした。18時くらいに行けば良いだろう。
部屋でしばらくのんびり過ごしていたが、18時前になって、ラグーン内を徒歩で一周してそこに行こうと思い、愛用のデジカメ片手に外に出た。
僕の宿泊棟は海が一番近く、出るとすぐに海が見える。まずは海を眺めながら、海岸まで出て、そのあとロビーへ、そのままぐるりとラグーンを見ながら半周くらい歩くと、そのレストランがあった。真水のプールと併設されていて、レストランは階段を少し上がって奥にあった。
外でどんな店かと眺めていると、店の中からスタッフが出てきた。
「Welcome!」

僕は入るかどうか迷っていたが、スタッフが開けた入口からはなかなか洒落たバーカウンターが見えていた。ここはグリル系の料理を出すところで、店名も「サバンナグリル」という名前だったので、てっきりフランクな感じのアメリカンスタイルだと思ったが、実際そのようなテーブルもあるが、ラウンジもあり、そこにちゃんとしたバーカウンターがあった。それに惹かれ、スタッフにも促され、体がなんとなくすっと入っていた。スタッフに促されるままにそのラウンジ内に入った。
 ラウンジを抜けるとアメリカンな食事のメニューがずらっと並んでいたが仕方が無い、ホットドッグでもオーダーして、テイクアウトして部屋で軽く済ませてしまおうと考えた。
「Can I take out these?」
「Yes of course.」
僕はホットドッグとグリーンサラダ、そしてお決まりのビールをオーダーした。レシートにサインをすると、僕は店の中のメニューをみた。ホットドッグは10分くらいかかるという。僕は誰もいないテーブル席の1つに座って待つことにした。その間もバーカウンターが気になる。入るときにカウンターには2人の女性が座っているのを見ていた。このホテルは日本の大手旅行代理店のおすすめホテルでもあり、女性2人の旅行者だったので、僕はおそらく日本人女性の2人だと思った。テーブル席は結構洒落ていて、ラウンド型の席でテーブルを囲むように一体の席になっている。なかなかおもしろい作りだ。テーブル席からはキッチンの様子が見え、何かを焼く音が聞こえた。僕の他に客は先のカウンターの女性のみだったので、おそらくその女性のオーダーを作っているのだろう。そんなことを考えながら、スマートフォンの時間をみるとオーダーして約10分、ちょうどその頃にテイクアウト用の包みを持って女性のスタッフが僕のテーブルにやってきた。

僕はそのスタッフに話しかけた。
「Can I sit that counter?」
「OK」
スタッフは笑顔でそう答え、今持ってきた包みを持って行ってくれた。僕はテーブル席からラウンジのカウンターに移動した。
カウンター席は5席。2人は一番右手の席を1つ空けて座っていたので、必然的に僕は一番左の席に座ることになった。テイクアウト用の包みからホットドッグとサラダをビールを取り出して、カウンターテーブルに並べた。彼女たちは二人ともビールを飲んでいた。ここのカウンターならビールは似合う。
僕がビールをどうしようかと思っていたら、さっき「Welcome!」といったスタッフがカウンター内に入ってきて、ビールグラスを置いてくれた。さらに彼は、
「I change cold beer.」
そう言うと、冷蔵庫から新しい冷たいビールを取り出し、僕が置いたビールと交換してくれた。今もらったばかりだからぬるくもなっていないと思ったが、そんなちょっとした気遣いがとても嬉しかった。
冷たいサンミゲールのピルセンを開けると、彼はビールを注いでくれた。
「Thank you.」
小さなカウンターだったが、カウンターの下には赤い小さな電球が一列に配置されていて、外から見てもきれいなバーカウンターで、席に座るとその赤い光がほんのりと足元を照らし、バーの雰囲気を一気に高めてくれるようだった。

 ホットドッグにはフライドポテトが添えてあった。ちょっとかじってみると、お世辞にも美味しいとは言えなかったが、ビールには良く合った。サラダもごく普通のものだった。しばらく食事とビールを楽しみながら、僕はカウンター内のお酒のボトルを眺めていた。バーカウンターに座るとどうしても、カウンター内のボトルに目が行く。もちろんバーもそのことは承知で、いつも使っているお酒のボトルや、少し高級なスコッチ、バーボンなどを置いておく。置いてあるボトルでそのバーがどんなものを良く出しているか、何をすすめているのかがわかる。ここはやはり思った通りで、南国のカクテル系が多いようだった、ウイスキーなどはほとんどなく、スピリッツとリキュールが主だ。おそらく、南国カクテルも美味しいのだろう。僕はビールのあとはここのカクテルにしてみようと思った。
グリーンサラダも雑だったが、なんとなく全部食べてしまった。まあ、空腹とはそんなものだ。脳と腹の感じ方はどうも違うらしい。

 さて、僕のカウンター席の横の女性、ほどなく日本人だとわかった。もちろん彼女達が日本語で話していたからだ。まだ20代だろう、元気そうで明るい感じで、でもどこかに楚々たる面持ちがある不思議な感じだった。
僕はバーで他の客と話をするときは、タイミングが大事だと思っている。僕はそのタイミングを取るのがヘタなので、今回もその最初のタイミングをどんな感じなのかと考えている間に逃してしまったようだ。海外のバーではこちらが日本人で話すつもりがある場合は、日本語が聞こえたときに、話しかけるものだ。そうでないと、あとから実はとやると、今まで黙って話を聞いていたのね、となってしまうからだ。特に相手と自分しかいないカウンターではなおさらだ。
でも、それはそれだ。気を取り直すしかない。もしくはそのまま黙って去るかだ。
今日は前者を選択した。それはなんとなく彼女たちの会話から旅行の楽しさが伝わってきたからだった。
僕は他の人からすれば考えなくてもいいことを考えながら、ビールをほぼ飲み干していた。

そして、僕は決めていた次のオーダーをしようとした。
先のスタッフはいなかった。彼は新しく入ってきた客のオーダーを取っているようだ。
ちょうど他のスタッフがこちらに来て僕の空のビールグラスをみて言った。
「More beer?」
「No, I’d like a Daiquiri.」

彼は手際よくダイキリを作っていた。ダイキリのオリジナルレシピはホワイトラム、ライムジュース、シュガーのみだ。しかし、思っていたダイキリでは無く、フローズンのバナナ入りダイキリが出来上がってきた。まあ、これも南国のホテルだからいいか、出来上がったグラスをみて苦笑した。でもフレッシュフルーツで作っているので味は良かった。

そんなやり取りをしていて、ようやく、彼女たちの会話が途切れた。
「僕は日本人ですが、ホテルはどうでしたか?良かったですか?」
僕は2人に問いかけた。

「やっぱり、そうだと思ったんです」
後者の問いには答えず、女性の1人がそう言った。彼女たちももちろん貸切だったここに来た侵入者の僕を見ていたわけだ。今この店には僕と彼女たちしかいないのだから、必然的にそうなるだろうなと思った。

「とても良かったです。特にスタッフが」
もう1人の女性がそう言った。その先を彼女は言わなかったのだが、僕はなんとなくその意味するところを理解した。チェックイン時にはスタッフが笑顔でとても丁寧に案内をしてくれた上に、荷物を運ぶベルボーイも笑顔を絶やさず、これだけをみているとタイの高級リゾートに来たような感じでもあった。僕はセブ島は初めてだったから、なんとなくそんな風に思ったが、実際はセブ島のどのリゾートでも同じような感じなのかも知れない。

「そうでしたか、それは良かったですね。僕もスタッフはとても良い感じに思えましたよ」
同調してそう言うと、2人は満足そうに笑顔を浮かべた。ちょうど僕がそう言った頃に彼女達のオーダーしていたものが運ばれてきた。僕がレストランに入った時間とそう変わらなかったようだ。僕はフローズンダイキリを少しずつ飲んでいた。
2人が食事するには少し多いくらいの量だったが、そもそも僕のホットドッグも量的には多かったので、彼女たちもそれほど多いとは思わなかったのだろう。運ばれてくると、
「すごいね〜、多いね」
そう言ってテーブルの上に拡げられた3つの皿に目を向けていた。
特に耳を澄まして聞いていたわけでは無いのだが、ところどころで、
「今日が最後だからいいか」
「油っこい感じだけどいいよね〜」
「泳いだしね」
など、ダイエットを気にする会話が聞こえてくる。

僕はごく自然に心の中で、つぶやくように、
「・・・大丈夫だよ、旅行中だから・・・」と言っていた。

それほど2人はくったくがなく、若い女性の会話そのものだった。

そういえば、過去にこんな2人連れの女性達とバーで会ったな。

そう、僕がまだ20代前半で、会社に入って間もない頃だった。
バーは好きだが、常連になるほど回数を重ねて行くことも無い客だ。そんな客の場合、よほどの偶然が無い限りバーで顔見知りになったり、名前聞いて覚えていて次回に会ったりということはまず無い。だからこそ気軽に話が出来ると言うこともある。まあ1人の時はそんな飲み方が僕は好きなのかも知れない。
そんな僕が横浜の港近くにあるバーに1人で深夜に入ったときのことだった。
僕がバーの扉を奥に押し開けると、手前のカウンター席に2人の女性が座っていた。その頃の僕は若い女性の何か浮ついた会話が嫌いだった。恰好を付けたかったのかも知れないし、それが理由で無かったかも知れない。今はもう覚えていないが、そこのバーにはいて欲しくないタイプだと一目でわかった。
僕はカウンター席がその女性達の横しか空いていないことで、ちょっとためらったが、扉を開けた以上、入らないわけにはいかない。テーブル席は1つ空いていたが、1人で来た場合はテーブル席を占領するわけにもいくまい、そう思って半ば覚悟を決めて、その席に座った。
最初は彼女たちの会話も横にいるのにほとんど耳に入らなかったが、2ドリンク目を飲んだときくらいに、なぜか会話が耳にどんどん入ってくるようになった。彼の話だとか、何を買ったとか、そこの店員がどうだったなど、どうでもいい話ばかりだったと思う。
でも、あるときふと僕のすぐ横の女性がバーテンダーに、

「うちらバカだから、色々な人のこと聞かなきゃいけないだ〜、だから来てみたの、なんか有名だってきいたし〜」
そう言った。
そう、このときの彼女のその一言が、妙に僕の心にとどまっている。
なるほど、そういったバーの使い方もあるね、と。
彼女たちがなぜそう思って実際にバーに来たのかは聞いていないのでわからない。でも、考えてたどり着いた答えの1つがバーだったのだろう。
それを思いついたこともだが、それを実行して来たこと、それらがなぜか僕の欠けていた何かを揺さぶった。
バーが客を選ぶようなところもあれば、客がバーを選ぶところもある。

どちらかというと僕は後者がいいのかもしれない。そしてどちらかというとそのバー側にいたいのかもしれない。
なんでも受け入れられる体制を整えておくこと、それのほうがいいなと。だから僕はいまだになんでも受け入れてくれるバーに行きたいと思う。バーによっては客のカクテルのオーダーを何かと理由を付けて断ることがある。それをできる限り断らず、断るなら客がまた来てくれるような断り方をする、そんなバーが好きだ。優柔不断では無い、柔軟性、そんなのを身につけておきたいなと思った。
それ以来、バーに行ったときに周りがどんなに騒がしい客であろうと、どうしようも無い話で管をまく客がいようとまったく平気だ。それを受け入れるバーのほうがもっとかっこいいと思えるからだ。

そのときの女性達と今日出会った女性達は、まったく違うように思えたのだが、それは僕も色々勉強したからだろう。
その女性達の会話で、飲んでいて楽しいと思える今の僕は、たぶん横浜の僕とは違うのだろう。

彼女たちは旅行最後の夜を満喫しようと、ビールは2人とも4杯目に突入していた。
とても楽しそうだ。
僕はそんな2人をみて横浜の僕に「ありがとう」と言ってみた。

2人はそっとしておこう。
僕はバーテンダーにチェックをお願いして、レシートにサインをした。

「良いご旅行を!」
2人にそう言って、僕はラウンジをあとにした。
部屋までの道は暗かったが、たぶん、僕は笑顔で歩いていたと思う。

 次はどこのホテルのバーにお邪魔しようか。
 それともどこの旅館のバーにしようか。

*ホテルのカクテルとビール
・サンミゲールピルセンボトルビール
・フローズンダイキリ(ホテルオリジナル)[ラム、ライムジュース、バナナ、シロップ、バナナとレッドマラスキーノチェリーを小さな傘でさした飾りを添える]

**文章は全て創作であり、登場人物は実在の人物とは関係ありません。

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